新潟支部発足の頃
以下は新潟支部50周年記念行事の際に、平石 仁 (昭23卒)様に寄稿いただいた文章です。
私は、 昭和20年、 大倉経済専門学校へ入学、23年3月卒業後、 新潟へ戻りましたが、 「新潟県は、母校創立者大倉喜八郎翁の出身地であり、大勢の卒業生がおるのだから、戦前あったと聞いている葵友会新潟県支部を復活しよう。」と言う話が出まして、 島影礼一氏(昭20)、 川崎了一氏(昭22)、 天満泰樹氏(昭23)と私等が相談し、24年5月22日新潟市古町通りの都屋にて発会式を挙げました。 その時の記念写真です。
当時、 日本銀行新潟支店長をしておられた、 谷坤一郎氏(大15)に支部長をお願いしました。 そのほか副支部長に濱田又次氏(昭4)、 神山喜一郎氏(昭10)が、 相談役に小杉佑次郎氏(大12)、 長坂栄次郎氏(昭4)、 根元浩二氏(大3)が、 幹事に島影礼一氏、 天満泰樹氏他三名で、 私が会計幹事を引き受けました。 当時の支部会員名簿を見ると、会員は55名でした。 大先輩の小杉佑次郎氏(大12)は、村上市から、渋谷東郷氏(大14)は、 新発田市から何時も会合に出席しておられました。
平石 仁 (昭23卒)
【写真】葵友会新潟県支部発会式 於新潟市「都屋」昭和24年5月22日
【前列左より】濱田 又次(昭4)・清水 和三郎(昭7)・根元 浩二(大3)・谷 坤一郎(大15)・小杉 祐次郎(大12)・長坂 栄次郎(昭3)
【中列左より】佐久間 昌一(昭16)・工藤 藤一(昭16)・恩田 実(昭13)・幸村 秀夫(昭22)・川崎 貞夫(昭22)
【後列左より】大久保 勤弥(昭22)・平石 仁(昭23)・川崎 了一(昭22)・上田 直人(昭9)・広川 富一(昭6)・渋木 圭助(昭8)・五十嵐 栄吉(昭18)・多田 保治(昭20)・島影 礼一(昭20)